廃園
セントラルに吸血鬼が出没する。
その事件を知ってから、二週間後。
結論から言えば、ロイは何の進展もつかめずにいた。
それどころか、事件そのものの概要についても分からぬまま。
というのも、事件が起こっているのはセントラルに限られており、ロイがいるのは東方。
管轄外の事件に対して口を挟むのか、とセントラルの軍人はいい顔をしないので、
自然と入ってくる情報が限られてくる。
情報屋から情報を買おうにも、その情報屋もセントラルにいる。
東方まで来させることも考えたが、その手間と見合うだけの情報が得られるかどうかも分からないので、
どうも二の足を踏んでいる。
しかも、何を勘違いしたのか、私が点数稼ぎに躍起になっていると考えられているらしく、
中央の古狸どもが面倒な書類をわざわざ押し付けてくるのだから、たまらない。
あげくに、この時期に行わなくとも良いと思われるような、東方軍の大規模な演習を組むように命じられ、
その内容や設備の確認などで、余計な時間を食ってしまっていた。
この頃では仕事が忙しく、ろくにサボる時間も、もちろん休む時間も得れずにいる。
少しのリフレッシュならば、集中力を崩すこともないだろうに、その時間も取れずにいる。
自然と、本業ではない「セントラルに出没する吸血鬼について」調べることなど、後回しにせざるをえず、
二週間もたった現在など、就業間際に中尉へ尋ねるくらいなものだ。
しかも、返答は決まりきっている。「特に何も入っておりません」。
このときばかりは、中尉の涼やかな顔も憎らしく思えてしまうーーー何か手がかりを。
じりじりと焦りに似た苛立ちだけがつのっていく。
件の殺人犯は一ヶ月に一人ずつ、獲物となる女性を殺害している。
その法則が正しければ、次の犠牲者は約二週間後ーーー当然、次の犯行を未然に防ぐため、
セントラルの軍人はやっきになっているのだろうが・・・。
あの吸血鬼の居場所を知りたい、とは言わない。せめて、どこかで目撃した人物などいないものか。
どちらでもかまわないーーー犯人がエドワードでも、そうでないのでも。
どっちつかずの状況は、ストレスばかりをためていく。
いっそ、これ以上ないほどの証拠を突きつけて欲しいーーーそれなのに、大して情報が入ってこないのだ。
それは、犯人が用意周到な証拠なのか? それとも、セントラル軍が無能なのか?
犯人も、まったく人影のない場所に住んでいるわけではなかろう。
それが人間と同じ形を取り、生活している限り、どこかに痕跡は残される。
だが、まるで犯人は空気のように、透明人間のように、決定的な証拠がない。
私と共に暮らしていたときも、定期的にエドワードは外を楽しんだものだーーー
夜の街を練り歩き、遅くまで開いている本屋へ行ったり、レストランで食事をしたり、
細々とした生活用品を購入したりしていた。
そして、何より錬金術関連の品々を補給していたーーー
本はもとより、ビーカーやフラスコといった器具から、時には実験のためのマウスなどを。
そうやって人と触れ合って生きている限り、エドワードの生きた証は必ず残っている。
だから、私もこの数年間は「今もエドワードは錬金術の研究を続けている」という仮説を基に、
各地の実験器具取扱店や錬金術を専門とする本屋、動物の仲介業者に
「研究所に属さない人物が出入りしているか」どうかをチェックさせていたーーー
ーーーもしかしたら、エドワードが今は違う人間をそばに置いていることも、考慮に入れて。
だが、エドワードは今も捕まらない。
度々エドワードらしき人物を見た、という目撃情報もあったが、どれもエドワードではなかった。
もしかしたら、軍の存在を感じ、地下深くに潜っているのかもしれない。
そうとまで思う。あれから十年がたっても、エドワードに出会うことはなかった。
そして今、エドワードかもしれない吸血鬼が、セントラルへいるという。
あれほど探しても影も形もなかったのに、よりにもよってセントラルに。
もう二度と会わない、と言ったはずの、セントラルに。
そうだとしたら、その吸血鬼はエドワードではないかもしれない。
その考えは、中尉から話を聞いた二週間前から、常に頭の片隅にあった。
そもそも、なぜエドワードが人を襲わなければいけないのか。
あの女の能力を使えば、殺して生き血を啜らずとも楽に栄養を補給できるはずなのに・・・。
だが、そうやって「セントラルの通り魔はエドワードではない」と否定する一方で、
エドワードかもしれない、と思わずにいられない情報も耳に挟んでしまった。
どうやら、犯人は女らしいのだ。
路地裏から逃走する姿を、住人が目撃していたらしい。
髪は金色で、黒い服を着ていた、と・・・。
大体、世間にそれほど吸血鬼がいるはずがない。やはりエドワードなのだろうか。
あの、金髪の魔女なのだろうか、犯人は?
分からない。エドワードのことを考えると、冷静ではいられないーーー
ーーー悪い兆候だとは気づいている。
ようやく掴めたかもしれない、エドワードの情報。
それにも関わらず、私は喜びを感じられずにいる・・・。
恐ろしいのだ。エドワードにもう一度会うことが恐ろしいーーー
I will murder you if we meet again.
ぞくりと背中が泡立った。
勝てるのか、あの女に。軽く自問する。
この14年、毎晩寝る前の一瞬に問いかけてきた。
勝てるのか、あの女に。あの、金髪の吸血鬼に。あの、妖艶な魔女に・・・。
ーーー勝てない。
情けないことに、答は分かりきっていた。
今の自分では、あの女には勝てない。いいや、どんな人間でも勝つことはできないだろう。
賢者の石を内包する、錬成陣を必要としない錬金術師。
両手を合わせるだけで錬成を行えるということは、それだけ術を施行できるまでの時間を短縮できるということだ。
しかも、レパートリーが豊富にある。本人は鉱物系の錬金術を得意としているが、それはあくまで「得意」なだけで、
専門外の気体の錬成もなかなかのものだったーーー私が焔を選んだのも、彼女の影響が強い。
そんなエドワードの欠点は、今のところ一つだけーーー陽の光に当たれば灰になる。
物語の中の吸血鬼と同様に、陽の光を浴びれば灰となり、十字架と聖水とにんにくと恐れる。
だが、結論からいえば、そんなもの欠点にはなりえないーーー
エドワードの体内にある賢者の石が、無効にする。
陽の光に当たれば、確かに灰となる。しかし、その灰の中からあの女は復活する。
まさか、と思うかもしれない。だが、私はかつてこの目で、見た。
陽の光を浴び灰と化したエドワードの右腕が、再び再生されるのを。
破壊と再生を繰り返すーーー陽の光による、破壊。賢者の石による、再生。
そのおぞましい光景は、エドワードが暗がりに姿を隠すまで数度となく実行された。
見ている私の方が、目を覆いたくなるほどの悲惨な光景ーーー
だが、その賢者の石がある限り、武道派の錬金術師であり、邪眼を持つエドワードに私は勝つことはできないーーー
負けると分かっているのに、自分から仕掛けることなどできようか。
殺すために生きてきたのに、ここまで生き続けてきたのに、それなのに・・・。
誰だって死ぬのは恐ろしい。傷つくのは痛い。
だから、私は逃げようとしている。この機会を逃せば、もう二度と会えないかもしれないのに・・・。
どうか。
存在するとしたら、神よ。私に教えてくれ。
私は、私は、・・・エドワードを、どうしたいのだ?
殺したいほど憎んでいるのに、この足を止めようとする。
躊躇を覚えるのは、なぜなのだーーー死を恐れているのか。
だが、答を出そうとはせず、私は軽く頭を振った。
しっかりしなければ。探していたのは、何のためだ。あの存在を殺すため。
だとしたら、今が好機だ。あの女がセントラルにいるのならば、私にもやりようがある。
そのために軍に入ったのだ。
地獄にも等しいイシュヴァールの虐殺に手を染めたのも、この軍事国家で上を目指すのも、
全て、全てーーーあの女を捕らえ殺すためではないか。
それでも、握った拳が微かに震えていた。部下には見せられない姿だ。
情けない、これが「人間兵器」とも呼ばれた者のとる態度か。
自嘲気味に唇を歪めるのと、執務室のドアがノックされたのはほぼ同時だった。
もしかして、あの副官はどこかで私の行動を見ているのだろうか。計ったようである。
ふ、と今度こそ笑みを零すと、私は「入れ」と一言命じた。
やがて、ためらいがちにドアが開き、いつでも冷静な副官にしては珍しいことに、
ホークアイ中尉が躊躇しつつ口を開く。しかも、完全にはドアを開けず、半開きのままで。
「大佐。・・・その、セントラルから・・・」
「よぉっ! ロイ、元気してたかー?」
最後まで言わせず、強引にドアの向こうから男が入室してきた。
さすがのホークアイも眉を潜めて不快を示すほどだ。
だが、その声に私の方は更に笑みをこぼした。
これは、願ってもいないタイミングだ。まさしく、計ったほどである。
私はそれまでの絶望感など忘れたかのように、わざと腕を組みつつ明るい声で問いかける。
「これはこれは良いときにやってくる。−−−ヒューズ中佐」
しまった、マスタング大佐殿だったな。
ふっと笑いながら、ヒゲの悪友が馬鹿丁寧に私の名を呼んだ。
I will murder you if we meet again.
もしも再び会うことがあるのならば、お前を殺すだろう。
I want to take out your heart and stop your beating.お前の心臓を取り出し、鼓動を止めたい。
I want to hear the cry of your death. お前の断末魔の叫びが聞きたい。
Why are you surprised that much? どうしてそんなに驚くんだ?
Why do you cry?どうして泣くんだ?
Did not you know it? 知らなかったわけではないのだろう?
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陽の光を浴びれば灰になる。だが、賢者の石によって再生される。体は再構築される。
しかし、生きたまま灰となる痛みは想像を絶する・・・。
その光景がロイのトラウマになっているといいな、と思います。
たぶん、上手くすればロイは勝てるのでしょうけど、そうできない・・・みたいな。
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